大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和42年(レ)188号 判決 1972年11月09日

控訴人 三八合名会社

被控訴人 株式会社セントラル工芸製作所 外一名

主文

一、原判決中、被控訴人株式会社セントラル工芸製作所の請求を認容した部分をいずれも取消す。

二、被控訴人株式会社セントラル工芸製作所の請求をいずれも棄却する。

三、原判決中、控訴人の被控訴人日展に対する請求を棄却した部分を取消す。

四、控訴人と被控訴人株式会社セントラル工芸製作所間の大阪簡易裁判所昭和三五年(ノ)第二六五号家賃金支払猶予調停事件の調停調書に同裁判所書記官は被控訴人日展に対する強制執行のため控訴人に承継執行文を付与せよ。

五、控訴人のその余の控訴を棄却する。

六、本件につき大阪簡易裁判所が昭和三七年九月四日なした強制執行停止決定はこれを取消す。

七、前項に限り仮りに執行することができる。

八、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、控訴人と被控訴人セントラルとの間に同被控訴人主張のような調停が成立し、その調停調書にその主張のような調停条項の記載があること、控訴人において、被控訴人セントラルが右調停条項第六項第一号に違反して本件建物の造作、模様替、増改築をなし、同項第三号の解除条件が成就したとして、昭和三七年九月四日右調停調書に執行文の付与を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、まず右造作、模様替、増改築の点につき判断するに、被控訴人セントラルが控訴人主張のような造作、模様替をした事実については当事者間に争いがないので、それが右調停条項第六項第一、三号に定める解除事由に当るか否かにつき考察する(尚、右判断に当り、検甲第八、第一一、第一二、第一五号証を除く検甲号各証及び検乙第一ないし第二七号証がいずれも現場の写真であることについては争いがないので、右検号各証については以下単に番号のみ記す)。

(イ)について……原審証人林栄一、同藤原とし子(第一回)の各証言、原審証人林栄一の証言並びに原審における被控訴人セントラル代表者尋問(第一回)の結果によつていずれも張替前の床板の写真であることが認められる検甲第一一、第一二号証、原審における検証並びに右代表者尋問(第一回)の各結果によれば、従来の床板は腐蝕が甚しく通行にも支障をきたし、労働基準局からも注意を受ける状態であつたので、やむを得ず張替えた事実が認められ、右認定に反する原審証人大木保太郎の証言は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。尚、右張替につき控訴人の承諾を得た旨の被控訴人セントラルの主張は、これを認めるに足りる証拠はない。

(ロ)について……原審証人林栄一、同藤原とし子(第一回)の各証言、検乙第一、第八、第九号証、原審における検証並びに被控訴人セントラル代表者尋問(第一回)の各結果によれば、台風により土壁が破損して床に落ちる状態であつたので、この上にベニヤ板を張つたに過ぎず、容易に取り外しできるものであることが認められ、原審証人大木保太郎の証言並びに原審における控訴人代表者尋問(第二回)の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ハ)について……検甲第一六号証、検乙第一、第一四、第一五号証、原審における検証並びに被控訴人セントラル代表者尋問(第一回)の各結果によれば、人工樹脂性ガラスに張替え、窓枠の構造を変更したのは、専ら台風によつて従前の窓ガラスが破損したことによるものであることが認められ、原審における控訴人代表者尋問(第一、二回)の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。尚、右張替等につき控訴人の承諾を得た旨の被控訴人セントラルの主張は、これを認めるに足りる証拠はない。

(ニ)について……原審証人林栄一の証言、検乙第一、第八号証、原審における検証並びに被控訴人セントラル代表者尋問(第一回)の各結果、当審における控訴人代表者尋問の結果によれば、ロツカーは道具入れに過ぎず、容易に収去できるものであることが認められる。

(ホ)(ヘ)について……検乙第二、第三、第一六、第一七号証、原審における検証並びに被控訴人セントラル代表者尋問(第一、四回)の各結果によれば、切取つた西側上屋の柱及び母屋はいずれも建物の構造上不要のもの(柱は腰板を張つていたに過ぎない)であることが認められる。

(ト)について……原審証人林栄一の証言、検乙第四、第一八、第一九、第二〇号証、原審における検証の結果によれば、間仕切りは建物内部の仕切りに過ぎず、容易に取り外しできるものであることが認められる。

(チ)(リ)について……原審証人林栄一の証言((チ)について)、検乙第五、第二三号証((リ)について)、検乙第一七号証((チ)について)、原審における検証並びに被控訴人セントラル代表者尋問(第一回、(リ)について)の各結果によれば、西側並びに北側上屋の屋根の造作はいずれも台風のため従前の屋根が吹飛ばされたことによるものであることが認められ、原審証人大木保太郎の証言並びに原審における控訴人代表者尋問(第二回)の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ヌ)について……検乙第五、第九、第二三号証並びに原審における検証の結果によれば、扉は専ら防犯のために取り付けられたことが認められる。

(ル)(オ)について……成立に争いのない乙第五号証、原審証人林栄一の証言(いずれも(ル)について)、検甲第四号証、検乙第六、第二四号証(いずれも(ル)について)、検乙第七、第二五号証((オ)について)、原審における検証並びに被控訴人セントラル代表者尋問(第一回)の各結果によれば、台風によつて従前の塀及び門が倒壊したので、古材料を用いてこれらを新設したものであることが認められ、原審証人大木保太郎の証言並びに原審における控訴人代表者尋問(第二回)の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ワ)について……検乙第二一号証並びに原審における検証の結果によれば、扉は専ら防犯のために取り付けられたことが認められる。

(カ)について……検乙第二六、第二七号証によれば、材料置場は仮設的な小屋であり、容易に収去できるものであることが認められる。

以上認定のとおり、(イ)(ロ)(ハ)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)はいずれも腐蝕もしくは台風によつて破損した部分の保存行為または、防犯上必要な保存行為であり、(ニ)(ト)(カ)はいずれも簡易な造作で容易に収去できるものであり、(ホ)(ヘ)はいずれも建物の構造上不要な部分の切除である。また、(ヘ)(ト)(チ)(ワ)によつて西側上屋及び西側張出部の北寄りの部分が倉庫に改造された点は、原審における検証の結果によれば、その屋根はトタン葺で広さも約二坪に過ぎず、構造においてもこれに接続する建物と大差ないことが認められ、(ル)の塀新設に伴い地積に変更をきたした点については、原審における被控訴人セントラル代表者尋問(第一回)の結果によれば、将来土地区画整理によつて本件建物の敷地となるべき所へ塀を設置した事実が認められる。そして、以上の事実に原審証人林栄一、同藤原とし子(第一回)の各証言、原審における控訴人代表者尋問(第一回)の結果、当審における被控訴人セントラル代表者尋問の結果によつて認められる次の事実、すなわち、控訴人においては本件建物の修理をしたことがない事実を併せ考えるときは、被控訴人セントラルのなした前記造作、模様替はいずれも前記調停条項第六項第一、三号に定める解除事由に該当しないと考えるべきである。

三、次に、被控訴人セントラルの同日展に対する本件建物の無断転貸、賃借権の譲渡の点につき判断する。

(一)  まず、被控訴人日展の本件建物の使用状況についてみるに、被控訴人セントラルが本件建物を「日展第二工場」と称していたこと、本件建物内に「日展第二工場」の表示のある道具類が存在していたことはいずれも当事者間に争いなく、原審証人林栄一、同藤原とし子(第一回)、同瀬川鳴見(第一、二回)の各証言、いずれも現場の写真であることについては争いのない検乙第二八号証の一ないし一二、いずれも出勤カードの写真であることについては当事者間に争いのない検乙第三〇号証の一、二並びに原審における被控訴人セントラル代表者尋問(第二、三、四回)及び当審における控訴人代表者尋問の各結果によれば、ほとんど毎日被控訴人日展の従業員数名ないし一〇数名が各自の道具類を持参して本件建物において就労している事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  そこで以下被控訴人セントラルの実体及び同被控訴人と被控訴人日展との関係につき検討する。

1  いずれも成立に争いのない甲第二、第六、第七号証、当審における被控訴人セントラル代表者尋問の結果によつていずれもその成立が認められる甲第一六、第一七、第一九号証、原審証人中島修仁、当審証人宮本忠勝の各証言並びに当審における被控訴人セントラル代表者尋問の結果によれば、被控訴人セントラルは和洋家具一式の製造、販売、修理、木材加工品一切の製造、販売等を目的とし、被控訴人日展は店内装飾、看板、展覧会、博覧会並びにこれに附帯する建築の請負及び貸与並びに一般建築の請負を目的とするものであるが、被控訴人セントラルにおいては昭和三六年頃から経営状態が悪化し、昭和三九年二月以降は遂に売上高が零となり、昭和四〇年二月から昭和四一年一月迄の一年間は被控訴人日展からの受取手数料金一二五万円で経営をまかなつていた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  また、前掲甲第一六、第一七、第一九号証、いずれも成立に争いのない乙第一五号証の一、二、原審証人瀬川鳴見の証言(第二回)、給料受取証の写真であることは当事者間に争いのない検乙第三一号証の一ないし三並びに原審における被控訴人セントラル代表者尋問(第三回)及び当審における被控訴人日展代表者尋問(後記信用しない部分を除く)の各結果によれば、被控訴人セントラルにおいては昭和三八年二月以降その従業員の給料は全く計上されておらず、被控訴人日展が同セントラルの請求に応じてその従業員の給料を被控訴人セントラルに払渡し、同被控訴人が各従業員にこれを渡している事実が認められ、原審証人藤原とし子の証言(第二回)、原審(第二、三回)及び当審における被控訴人セントラル代表者尋問並びに原審(第一回)及び当審における被控訴人日展代表者尋問の各結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照して信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  さらに、被控訴人セントラルが昭和三六年一〇月一日に健康保険法一三条一項に該当する有資格者全員について資格喪失の届出をなし、それ以後有資格者の届出をしていない事実、被控訴人セントラル代表者はじめその従業員が被控訴人日展の健康保険に加入している事実はいずれも当事者間に争いなく、いずれも成立に争いのない乙第一三号証の一、二、乙第一七号証の一、二、原審証人瀬川鳴見の証言(第二回)並びに原審(第三、四回)及び当審における被控訴人セントラル代表者尋問の結果、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人セントラルは昭和三六年度以降労働基準法一一〇条、同法施行規則五七条一項一号、五八条に定められた事業報告書を提出せず、また、労働者災害補障保険(以下労災保険という)及び失業保険に加入していない事実、被控訴人セントラルの従業員のほとんどは右保険につきいずれも被控訴人日展の保険に加入している事実がいずれも認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原審における被控訴人セントラル代表者尋問(第三、四回)の結果中には、被控訴人セントラルは前記各保険の保険料を滞納したためこれらの保険加入を拒否された旨の供述があるが、右供述は成立に争いのない乙第一九号証に照して信用することができない。

4  加えて昭和三七年一月一九日、被控訴人らが共同申立人となり、控訴人を相手方として賃借権譲渡承諾の調停を申立てたことは当事者間に争いなく、当審における控訴人本人尋問の結果によれば、昭和三六年九月頃、被控訴人セントラルから控訴人に対し口頭で、本件建物の賃借権を被控訴人日展に譲渡することについて承諾を求めたこと、成立に争いのない乙第二号証によれば、昭和三六年一〇月一二日付書面で被控訴人セントラルは同日展に吸収合併される旨控訴人に通知したこと、成立に争いのない乙第七号証の一によれば、本件建物に対する現状不変更の仮処分(大阪地方裁判所昭和三七年(ヨ)第三七三号)の執行(昭和三七年二月一五日)の際、被控訴人セントラル代表者は執行官に対し、被控訴人らは近く合併する約束で、本件建物を共同使用中であると述べたことがいずれも認められ、原審における被控訴人セントラル代表者尋問(第四回)の結果中右認定に反する部分は前掲乙第七号証の一に照して信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上1ないし4において認定した事実を総合すると、前掲甲第二号証、いずれも成立に争いのない甲第三、第四号証、第五号証の一、二、第二〇、第二一号証、第二三ないし第二五号証によつて被控訴人セントラルは法的には一法人として存在していることが認められるものの、右はあくまで形式上のものであり、社会的、経済的にはその営業活動を停止し、被控訴人日展の支配下におかれていると認めるのが相当であり、当審における被控訴人セントラル代表者尋問の結果中右認定に反する部分は前記認定の各事実に照し信用できず、また、原審証人林栄一、同藤原とし子(第二回)、同瀬川嗚見(第一回)、同青田隆夫の各証言並びに原審(第一回)及び当審における被控訴人セントラル代表者尋問の結果、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人日展代表者尋問の結果中、被控訴人日展と同セントラルは元請、下請の関係にある旨の供述も、前記認定の各事実に鑑みるときは、形式上の関係を供述したに過ぎないと考えられ、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして、以上認定の(一)被控訴人日展の従業員が本件建物において就労している事実及び(二)被控訴人セントラルが実質上被控訴人日展の支配下におかれている事実に当審における控訴人本人尋問の結果によつて認められる次の事実、すなわち、控訴人は被控訴人日展が本件建物を使用するについては承諾しなかつた事実を併せ考えると、被控訴人日展は昭和四一年一月頃までには控訴人の承諾なしに本件建物について独立の占有を取得したと認めるべきである。そして、右の事実に、前掲甲第一六、第一七、第一九号証及び当審における被控訴人セントラル代表者尋問の結果によつて成立が認められる甲第一三号証によつて認められる次の事実、すなわち、被控訴人セントラルにおいて控訴人に対し本件建物の賃料を支払つている事実を併せ考えるときは、被控訴人セントラルは前記日時頃までには被控訴人日展に対し、控訴人に無断で本件建物を転貸したものと認めるべきであり、原審証人林栄一、同藤原とし子(第二回)、同瀬川鳴見(第一回)、同青田隆夫の各証言並びに原審(第一回)における被控訴人セントラル代表者尋問の結果、原審(第一回)及び当審における被控訴人日展代表者尋問の結果中右認定に反する部分は前記認定の(一)、(二)の事実に照らし信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上のとおりであつて、被控訴人セントラルの同日展に対する本件建物の無断転貸は前記調停条項第六項第二号に違反するものであり、同項第三号によつて本件建物の賃貸借契約は解除され、被控訴人セントラルには本件建物の明渡義務が生じたと言うべきである。

四、そこで前記調停調書につき付与された執行文の効力につき判断するに、右執行文は前記調停条項第六項第一、三号に基づき付与されたものであるところ、被控訴人セントラルのなした造作、模様替がいずれも右調停条項第六項第一、三号に定める解除事由に該当しないことはすでに二、において判示したとおりであるが、一方被控訴人セントラルの同日展に対する本件建物の無断転貸は、前述のとおり、右調停条項第二、三号に該当すると考えられるのであり、この場合すでに付与された執行文とは別個にあらためて右調停調書に執行文の付与を受ける必要があるか否かが問題となる。そして、執行文付与に対する異議の訴(民訴法五四六条)につき、執行文付与の際なされた事実審査の再審査ないし事後審査的性質を有するものと解するときは、本件における執行文は条件不成就にもかかわらず付与されたものであるから取消されるべきであり、他の条件が成就していることをもつてその取消を免れるものではないことになる。しかし、執行文付与の際には条件は成就していなかつたが、執行文付与に対する異議訴訟係属中に条件が成就した場合の執行文付与手続の適法性につき考えるに、この場合には、新たな執行文付与の申請があれば当然許容される筋合であるから、既に付与された執行文を取消して執行力ある正本の効力を排除することは無意味であり、新たに執行文付与申請を要求することは手続の経済の見地から妥当でなく、右訴訟の口頭弁論終結時に条件が成就しているときは、当初の執行文付与手続の瑕疵は治癒されると考えるべきであり(大審院昭和一六年七月二二日判決、同昭和一七年一一月一七日判決、東京地裁昭和三六年一〇月九日判決参照)、右の趣旨をふえんするときは、本件におけるが如く口頭弁論終結時までに成就した条件が当初の執行文付与の際成就したと認められた条件と異なる場合であつても、既に付与された執行文を取消し、新たに執行文付与を命ずるべきではないと考える。

五、以上の次第であるから、被控訴人セントラルの本件執行文の取消を求める異議の訴は理由がないから失当としてこれを棄却し、控訴人の被控訴人日展に対する承継執行文付与の訴は理由があるからこれを認容し、控訴人の被控訴人セントラルに対する執行文付与の訴は、本件執行文付与が適法である以上訴の利益を欠くものであるから不適法として却下すべきである。

よつて、原判決中、被控訴人セントラルの本件執行文の取消を求め、控訴人より被控訴人セントラルに対する強制執行不許の宣言を求める請求を認容した部分及び控訴人の被控訴人日展に対する承継執行文付与請求を棄却した部分を民訴法三八六条によりいずれも取消し、その余の控訴については理由がないから同法三八四条によりこれを棄却し、強制執行停止決定の取消並びにその仮執行の宣言につき同法五六〇条、五四八条、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条但書、九三条一項本文を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本勝美 西池季彦 辻中栄世)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例